私の身近な植物にシロツメクサがあります。シロツメクサは小さくて目を凝らさないとよく見えないけれど、造形的に魅力的に思えます。
私たちが何気なく呼んでいる「シロツメクサ(白詰草)」という名前。これには、江戸時代の国交と交易にまつわる歴史的な話があります。
ガラスを守る緩衝材:
1846年(弘化3年)、オランダから江戸幕府へ贈られたガラス器(割れ物)の隙間に、乾燥したこの植物が「詰め物」として敷き詰められていたことが名前の由来だそうです。もし、それが本当なら中々、手間のかかる緩衝材ですよね。花を摘んで乾燥させて。今ではちょっと考えられません。
シロツメクサの「白」。
絵描きとしての感性を刺激するものとして「白」は「黒」との対極にあって重要な色の一つです。「黒」があるからこそ「白」も際立つわけで。それは黒にしてもお互い様です。
白は全ての色が含まれる。黒もまた全ての色が含まれる。そういう意味で白と黒は何色にもまして重要です。
絵かきの中には白と黒を他の色と別のように考える方もおられます。なぜなら絵の具を扱うときに白と黒が混ざることによって、色々と大変なことになりやすいからです。しかし、世の中の景色を眺めていても、どこにでも白と黒は存在する以上は「別々のもの」と切り離して考える方が間違っています。
「色々と大変なこと」の多くは脳の処理能力が追いつかないことが原因です。
私も色彩を、絵の具を扱い始めた頃はそうでした。絵の具でくちゅくちゅやり始めた途端に頭の後ろ側が熱くなってきて、しまいには火を吹くのです。
何かしらの色に、白だけならまだしも、黒も混ざりはじめると何が起きたのか、どういうことなのか理解が追いつかないのです。私は、そのあまりの複雑さに、把握不能の絶望感に愕然とした記憶があります。
何かの色に白と黒が混じり合う世界を100%としたら、それまで知り得ていた色彩の世界は1%から3%くらいな感じでした。つまり、白と黒が入ってくることによって、ほとんどが訳の解らない世界に感じるのです。言わば、白と黒が入ってこなければ、御しやすい世界に思えます。これは私だけでしょうか?
一般的に女性は配色に慣れていて色彩感覚も良いようです。それに対して私のような男は、子供の頃から配色することが日常に入ってきません。だから女性より色彩感覚も悪いようです。私もご多分に漏れず色彩感覚は悪い方です。今は訓練の甲斐あってか、いくらかマシになったと思いたい。
色彩感覚が悪いと、自分が何色が好きなのかどうかさえ考えたこともないわけで。そうなると、絵の具で何色を塗っても良いのか悪いのか?心地いいのか気味悪いのか?何もかも分からないのです。
もしかしたら、今でもそういう自分かもしれないのですが、少なくとも最近では自分の好きな色くらいは認識できるようになりました。
色彩のうち白と黒だけの世界は比較的、理解が簡単です。そして、それを含めて色彩の世界を理解しようと思うと、これは中々骨が折れますよね。
私は物覚えが悪いことも手伝って、色彩世界を無意識的に把握して扱えるようになるまで10年くらいかかったように思います。しかし、そうなっても、それはまだ始まりで、さらに世界はもっと深いのでした。
色の見え方は100人居れば100人違って見えて、その感じ方もそれぞれ違うと思います。それはひとえに個人個人の色彩感覚と生まれ育った環境に多分に影響を受けるからです。
例えば何人かで同じ色を見ていても、ある人には良い色に感じるし、別の人には何とも感じない。また別の人には不快にすら感じる、ということはままあります。また、良いよね、と誰かが言うと同調して良いと感じるようになったりすることもあります。
「白」はもうそれだけで「穢れないイメージ」がありますよね。白い花を見ると、もう、それだけで心が洗われたような気持ちで清々しくなってまいります。しかもシロツメクサは小さいし、葉っぱは丸いしで子供のような純真無垢の印象があります。
私は、もう大人で、そういうところが無くなってしまったからシロツメクサに惹かれるのかもしれないなぁ。
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