散歩していると、なんだか最近気持ちいいシュンです。
ところで水仙の学名 Narcissus(ナルキッソス) の由来となったギリシャ神話はあまりにも有名ですが、有名なのか?絵描きの視点で少し深掘りしてみましょう。
これは「変身物語」という全15巻のうちの第3巻に登場いたします。
絵かきは、ともするとナルキッソスになりかねませんからね。かく言う自分もすでにナルキッソスなのかもしれんし。
「美少年ナルキッソス」
ナルキッソスはギリシャ神話に登場する美少年。
美少年ナルキッソスは、多くの女性や妖精たちから求愛されましたが、すべて冷たくあしらっていました。
ナルキッソスを愛しながらも拒まれた人々が絶望のあまり「彼もまた誰かを愛し、その愛が報われない苦しみを知るように」と天に向かって叫び、復讐の女神に祈りました。
傲慢な人間を懲らしめ、世界のバランスを保つ女神ネメシスは、この祈りを聞き入れました。そして、ナルキッソスに「自分自身しか愛せなくなる」という呪いをかけます。
呪いをかけられたナルキッソスはある日、水を飲もうと泉を覗き込みました。
水面に美少年を発見、そのあまりの美しさに一目惚れしてしまいます。それが自分であると気づかずに恋い焦がれ続け、最後はやつれ果てて命を落としました。
やがて彼が死んだ泉のほとりには、うつむき加減に咲く美しい花が咲きました。この花が彼の名にちなんで「スイセン(学名:Narcissus)」と呼ばれるようになりました。「ナルシシズム(自己愛)」という言葉の語源も、またこのナルキッソス(Narcissus)に由来します。
「うつむく気質」
水仙の多くが、そこに湖があれば、まるで水面を覗き込むように「うつむき加減」に咲くという視覚的特徴があります。私の写真の中でも、いくつかの花が地面に向かって首を傾げています。これは自己愛の象徴であると同時に、「自分の声が届かない切なさ」を表現するモチーフとしても有りかもしれません。
「黄色の魔力」
美術史において、水仙のような「黄色」というのは非常に扱いが難しく、同時に魅力的な色として画家たちを惹きつけてきました。黄色という色はアレなのです、色域が狭いんです。だから難しい。
私の考えでは色域は大きく3つに分けられます。赤系、青系、黄系の三つ。それは喩えたら果物のみかんのようなもので。それを真ん中からスパッと横に切り割った面の上、そこを縁に沿ってぐるりと並んでます。白と黒は切り割る前のみかんを上から下まで全体に影響を与えています。みかんのヘタのある中心付近が白黒の影響が一番大きくてみかんの皮あたりに行くほど、その影響は薄まっていきます。
その中で黄色、というのはごく僅かの場所しか存在し得ないのです。
少数民族みたいなもんですね、うん。
その少数民族はすぐに周りに影響されます。影響されるのは赤い民族でも青い民族でも似たようなもんなんですが、黄色い民族はほんの少し影響されるだけで、もう、黄色い民族に見えなくなってしまうのです。
現状でも十分、人口が少ないのに、誰かにちょっと影響されるだけで黄色い民族の人口が減っちゃうのです。
だから取り扱いが難しいんだよね。そういうわけで誰しも腫れ物を触るように扱うことになっちゃいます。
「モネの庭と東洋の美」
印象派の巨匠クロード・モネは、ジヴェルニーの庭に多くの水仙を植え、その色彩をキャンバスに捉えようとしたと聞きます。また、水仙は東洋(中国や日本)では「雪中花」とも呼ばれ、冬の寒さに耐えて咲く高潔な姿が墨絵などで好んで描かれました。自分の殻に閉じこもり、鏡の中の幻影という「実体のないもの」にエネルギーを注ぎ尽くして自滅していくナルキッソス。そんな姿の西洋の退廃的なイメージと、寒い冬の時期、他の花がほとんどない雪の中でも凛として花を咲かせる東洋の清廉なイメージの対比は非常に興味深いものがあります。
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