これまでは高橋俊一で活動してきましたが、この春からは心機一転、しじまの調律師をやってる高橋峻烈で行くことに。
高橋俊一と言う名前は愛しているけれど世に五万とある名前です。
3月の上旬は個展もあるということで、久しぶりに名刺を作ってみました。丸い012から成るシンボルマークはしじまの調律を表現しています。
それでシュンという音は残しつつ、自分を端的に表現している言葉ということで峻烈。宮尾登美子の小説「蔵」の主人公、烈ちゃんイメージも重なって嬉しくなってきます。しかもその峻烈というのは熟語だからキーボードで打てば直ぐに出てくる。
峻烈だけなら熟語だから、これもまたすぐに埋没してしまう名前だけど名字をセットにした高橋峻烈となるとネット検索しても誰も居ないのでした。
この名前は、これまでは書をする時の雅号に使っていたんです。絵を描くときには俊一でやっていて、HPはシュンアーツで。
私は普段やっていることというと、実はそればかりではなくて歴史の勉強やら数学の勉強やら、ごはん炊きやら投資など多岐にわたります。それでAIに相談したところ「それらをみんなガッチャンコして「しじまの調律師」で活動するのが美しいのだよ」と言うのです。
私も、まぁ、それもそうかもね、てな訳でこの春から「しじまの調律師」の肩書で活動することにしました。
3月の上旬は個展もあるということで、久しぶりに名刺を作ってみました。丸い012から成るシンボルマークはしじまの調律を表現しています。
「しじまの調律師」という仕事をご存知ない方のために、いや誰も知らない仕事ですから少しだけご説明いたします。
あらゆることの背後にある理を知って、心の乱れやその波動を整えていくこと。これがしじまを調律するということです。
調律というと誰でも楽器をイメージされると思います。そうです、つまり「自分という楽器を、本来の良い音を奏でる状態に調律しよう」ということなのです。
一般的に楽器の調律は静かな環境でなされるものです。それゆえ、その前段階にあたる静寂を調律するということが大事になってまいります。我が身の調律においても、自分を取り巻く雑音を削ぎ落として静寂をつくることによって初めて調律が可能となります。
その象徴が丸く収まる三角に配置された012です。
それを事象に例えると鉢植えの植物と言うことができます。
「0」はフィボナッチ数列の始まりのゼロ。これが種です。0という形も種のように見えなくもない。
「2,1」はリュカ数列です。これが鉢です。それと時間の一目均衡表。
これらの3つがいろんなことの背後にあって、しかしよく見えない理(ことわり)です。この3つの理は一見すると全く別々のようでいて黄金比という糸でつながっています。
リュカ数列の2、1というしっかりした鉢があって、そこに種が入り、しじまが生まれるのです。そして一目均衡表の時間軸を節目として種がフィボナッチ数列的に成長していくわけです。
あるいはしじまを調律するという観点で言うと、リュカという安定した器に、ゼロという無限の可能性(種)を置き、一目均衡表という時の流れで調律するのです。
今回の名刺は静寂を愛し、しじまを調律するという意味でシンプルにしました。それで住所や電話番号も省いちゃって。
単純にメールと、インスタグラム、HPへ通じるQRコードだけです。
手書きの高橋峻烈は私のロゴでありサインです。私は日頃、日本伝統の仮名文字を書いていることもあって、その流れでロゴも自然と草書的に表現になります。

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