AI時代に「いかがさき」を書く、機械化と古筆の狭間で

  2000年以降のこれからの時代、機械的にやれることは皆、機械化されてしまうし、順次されてきたのかもしれません。

 機械的に考えることも皆、AIで処理されていくのだなぁ。そうなってきますと、人がやる仕事はたいてい機械化できて。そうしていくうちに機械がやる仕事より正確か、速いか、機械には出来ない仕事しか、お金がもらえない世界になるのだろうか?

これまで、機械は考えることが出来なかった。しかし、AIを搭載した機械は人間には及ばなくとも、単純に考えることも可能になってきたみたいだ。

さしたる能力もない自分は、困ったわぁ、と思う。

 ところで、

いかがさき

「かぢにあたる 波の雫を春なれば いかが咲き散る花と見ざらむ」

                      古今和歌集457番

のお歌を筆ペンで書いてみました。

いかがさき、と始めにあるのはお歌の中に「いかがさき」というのも読み込んだ親父ギャグになってますよ。ということです。

 これは本阿弥切というやつで私の大好きな古筆です。何度真似て書いたか覚えてないほど書いたっけ。もちろんこれも手本を横に置いて書いたものです。

 それなのに、いつになっても手本となる文字を見ないで、それと同じように書けるほどの力も無い。そんな自分に唖然とする。どういう訳ですか?

 まぁ、それは他人が書いた文字なわけだから、同じようにならないのは当たり前だとして。

それより、同じレベルにすらならないのは何故だろう?

・・・・・と、文字を書く度に稚拙な自分にがっかりし、到達めざす峰の高さに驚愕する。


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