【登米市・長沼のハス】日本一のスケール!古代大ハスが伝える「因果具時」の深遠な教え

 いつだったかなぁ。去年か一昨年のことです。
宮城県の登米市(とめし)に長沼とか伊豆沼というのがあります。そこを車で通りかかったことがありました。あ!と思わずパシャリ。

 長沼はラムサール条約にも登録されている広大な水域であり、夏には沼一面を埋め尽くすほどの蓮の群生が、**「日本一のスケール」**とも称される壮観な景色を作り出します。


 長沼周辺に自生している蓮は、一説には**「古代大ハス」**と呼ばれる在来種であり、その生命力の強さが、他の地域の蓮とは一線を画しています。

 戦後の食糧難の時代、長沼・伊豆沼の蓮は、その地下茎であるレンコンが貴重な食料源として、ほとんどが掘り起こされてしまいました。しかし、この古代の強い記憶を持つ蓮は、人間の手による収奪にもかかわらず、やがて自然の力で驚くべき回復を遂げ、再び広大な水面を覆い尽くすようになったらしい。

 仏教では、あるいは仏教美術においても蓮は仏教を象徴する花として描かれたりいたします。

 あ、その昔、私は仏教、特に日蓮宗に興味があって20年くらい独学で勉強し研究したことがありました。その他の宗のことはよく知りませんし、所詮独学ですから、大したもんじゃありませんが知らない人に比べれば知ってる方かとおもいます。日蓮宗は法華宗とも言われます。法華という名は、日蓮宗が初めの拠り所とするところの法華経から来ています。

 それで仏教では、蓮は花と種が同時にあるところから因果具時(いんがぐじ)を表現していると見ます。

 因果具時の思想は、まさに蓮の花(蓮華)の生態をもって、最も雄弁に説明されます。

私たちが日常的に考える因果関係は、

 一般に「因果異時(いんがいじ)」です。因(原因): 花が咲く → 果(結果): 花が散った後に、実(種)がなる。つまり原因と結果の間に時間差がありますよね。

しかし、蓮の花は他の植物とは異なる特性を持っています。

蓮は、花が咲く同時に、すでにその花の中央部には、将来実となる**花托(かたく)**も形成されています。

 そこのところを仏教(日蓮宗)では人をして、花という「因(修行しつつも仏性が備わった衆生の境地)」の姿がそのまま、実(種)という**「果(仏界という悟りの境地)」**を併せ持つ姿でもあるのだな、と感じるわけで。

 しかもほら、現実に蓮が咲いてるじゃない。絵空事ではないのだよ、と。

 そいうことで日蓮宗では南無妙法蓮華経とお題目がありますが、そこに蓮華、つまり蓮の花が出てくるのは、法を自然の事象に型取りて見えるからなんでしょうね。

仏教で言うところの法とは自然界の法則と同じような意味合いかと思います。

 日蓮宗での究極の法こそは南無妙法蓮華経である、というのでお題目になっちゃう訳です。

 ちなみに南無(なむ)とは帰依を意味します。

 「帰依(きえ)」とは帰命とも言いまして、仏や神、高僧など優れた存在を心から信じ、その教えに従って自己の心身をすべて委ね、人生の拠り所とすることです。

 じゃ、妙法の妙って何なのさ、ってことになりますよね。妙とは奇妙な、という意味合いではなくて、これを唱えれば不思議と自然に仏界という悟りの境地を得られますよ。ということで不思議だよね、という感じの意味だそうです。






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